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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1083号 判決

控訴人 東京海上火災保険株式会社

被控訴人 マエルスク・ライン・リミテツド

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三、二六三、四八六円及びこれに対する昭和三三年二月二五日から支払済まで年六分の割合による会員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、本件船舶の所有者は本船とも約七〇隻の船舶を所有し、これを運航する運送人は、自己の営業を表象するにあたり、すべて「マエルスク・ライン」の名を用い、一般には「マエルスク・ライン」社として理解せられているから、「マエルスク・ライン」というのは、本件船舶の運送人がその運送営業をなすにあたり、自己の名称としているものである。それは本件運送に関する責任主体を示すもので、単なる航路名とかサービス網を示すものではない。名板貸に基く債権は当事者間の契約から直接生じた債権ではなく、事務管理、不当利得、不法行為によつて生ずる債権と同様の性質を有する法定債権であるから、契約の準拠法にはよらず、法例第一一条の定める通り「其原因たる事実の発生したる地」として、日本の法に拠るべきものである。仮りにそうでなく準拠法がカナダ法であるとしても、日本商法第二三条の規定は法例第三〇条にいう内国の公序に関するものであるから、右商法の規定を適用すべきであつて、カナダ法の該当法条を立証することは無用の事柄である。そして商法第二三条にいう使用の許諾とは、積極的に自己の商号を他人に使用させる場合に限らず、他人が自己の商号を使用するのを知つて阻止しない場合をも包含するのであつて、被控訴人の日本支店が多数の「マエルスク」名を冠した船舶の出入港予定を新聞紙上に広告し、予定表を荷主等に配布している等の事実は右の使用許諾に該当する。また本件船舶の所有会社の商号には「マエルスク」なる名称は援用されていず、右会社がその運送営業を表象する名称として「マエルスク・ライン」の名称を用いているのに対し、被控訴人が右の「マエルスク・ライン」を自己商号として採用したものであるから、商法第二三条適用の見地からは、被控訴人が右本船所有会社に対して自己の商号の使用を許諾したのと同じである。

次に不法行為の請求原因としては、本船所有者会社が本件船荷証券によつて表彰される物品を過失によつて滅失又は毀損せしめたことにより、商法第二三条により、これと連帯責任ある被控訴人又は外観船主としてこれと同一の責任ある被控訴人が右不法行為に因る損害賠償責任を負担し、その準拠法は右物品の荷卸港が神戸港であるから、法例第一一条第一項の結果発生地として日本の法である、と述べ、

被控訴代理人において、本件運送契約の準拠法はカナダ法であるから、下記の理由からも日本商法第二三条の適用はない。即ち、カナダ法は、外国法として知り得ないものではないから、控訴人はこれを主張立証すべきであつて、これを為さずして直ちに右商法の適用を主張することはできない。仮りに商法第二三条が適用されるとしても、他人による商号の使用を知つて阻止しない場合とは、阻止可能の状況即ち優越的地位に在つてこれを阻止しない場合を言い、阻止不能の場合に阻止しないために名義貸与者としての責任を負担すべき理由はない。本件「マエルスク・ライン」の名称については、被控訴人は本船所有者会社に対して優越的地位になく、むしろ右会社より被控訴人が右名称の使用を許諾されている関係に在る。また商法第二三条による名義貸与者の責任は、取引相手方がその誤認につき悪意又は過失があつたときは存在しないものであるところ、本件船荷証券自体には明らかに被控訴人の名は代理店として表示されているのみならず、各地の代理店名として「マエルスク」又は「メルクス・ライン」の名を冠した者の名称が明記され、被控訴人はこれ等の者と同様の地域的代理店であつて船主ではないことを訴外浅野物産は充分知つていた筈であり、仮りに知らなかつたとすれば、重大な過失があつたものであるから、商法第二三条の責任は発生しない、と述べたほか

原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所が控訴人の請求を理由のないものと認める理由は、左の諸点についての判断を附加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

一、「マエルスク・ライン」というのは、本件船舶「ラルス・マエルスク」号の運送人が、その運送営業を為すに当り、自ら称する専用名称で、本件運送に関する責任主体を表示するものである、との主張について本件船舶を含む「スベンドボルグ汽船会社」及び「一九一二年汽船会社」の所有船舶を運航する運送人が、すべてその営業を表象する名称として「マエルスク・ライン」の名を用い、一般には「マエルスク・ライン社」として理解されていることは、被控訴人の自認する本件船荷証券裏面下半部下より九行目以下の条項文言及び成立に争のない甲一五、一八号証に徴して認めることができ、その限りにおいてこれを海運上の営業主体、少くとも責任主体と同視し得ることは控訴人主張の通りであるけれども、被控訴人が右両会社の所有船舶を賃借又は傭船してこれを使用するもの(これについては証拠がない)でない限り、被控訴人自身が右の責任主体と見られることにはならないから、この要件を欠く以上、被控訴人を本件船舶についての運送人であるとする控訴人の主張は失当である。

二、商法第二三条の適用の有無について

商法第二三条による責任は、他人の商号使用者が為した取引に基く債務についての右商号使用許諾者の責任であるから、債権契約についての補充責任の問題として、純然たる法定債権とは異り、契約準拠法によるべきものと解するを相当とするところ、本件運送契約の準拠法がカナダ法であることは控訴人の自認するところであるから、同国法において右の責任問題が如何に規定されているかを論外として、直ちに日本商法を適用すべきであるとする控訴人の主張は理由がなく、また右カナダ法の内容を明らかにしない以上、法例第三〇条の適用も問題とならないから、右の理由によつても控訴人の主張を正当化し得ない。従つてまた、商法第二三条についての判断は、右の法条の適用を仮定した上での説明に外ならない。

三、商法第二三条に基く責任について

商法第二三条に基く責任の原因は、自己商号の他人使用を默認する場合にも生ずるものであることは肯認し得るけれども、他人使用を知つて阻止しないすべての場合にも生ずるものとは認めることはできない。控訴人の全立証によつても、「マエルスク・ライン」が被控訴人自身の専用商号であり、これを本件船舶運航者にその使用を許諾しているものと認めることは困難である。しかも本件船荷証券上には、被控訴人の会社名は多数の代理店(類似名称を含む)のうちの一つとして明示されているに過ぎないことは控訴人も明らかに争わないところであるから、契約の相手方や証券取得者が、被控訴人をたやすく運送契約者本人と誤認したとすれば、その点につき重大な過失があることは明白であり、この点からするも、被控訴人に商号使用許諾者としての責任を負担させる理由はない。

四、不法行為上の責任について

控訴人の主張は、本件船舶の所有者による物品の滅失毀損行為につき、その商号使用許諾者又は外観船主として被控訴人にその責任を負担せしむべきであるというに在るところ、被控訴人が本件船主又は船舶との関係において、右の名義貸又は外観船主と見られ得ないことは、さきに説示された通力であるから、この理由を以て不法行為責任を被控訴人に帰せしめんとする控訴人の主張は、その余の点につき判断を俟つまでもなく失当といわねばならない。

そうすれば控訴人の請求はすべて理由のないものとして棄却を免れず、原判決は正当で控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

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